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2001年3月。バスラマ誌のバス事業者訪問に「鹿児島市交通局」「鹿児島交通」が選定されたということで、編集長の和田氏からメールをいただいた。バスラマといえば、言わずと知れたバスの専門誌で、その内容は国内はもちろんのこと、海外の話題まで広範にわたり、趣味者ばかりでなく、事業者や行政からも広く支持されている。
取材にあたって、ぜひ、地元のバスファンの声を聞きたいとのことで、読者として投稿を積極的に行っていた「えのやん」に取材の一報が入り、彼の紹介で私のところにもメールが入ったという次第。
初対面は市役所近くの居酒屋で、鹿児島のバスの取材について、いろいろ話をした。「地元のファンが見た時に、がっかりするような内容にしたくない」とのことで、各地の事業者訪問にあたっては、地元のファンに声をかけて、取材内容が地元の認識と異なることがないよう、校正も含めて協力を依頼しているということだった。
これは、地元ファンとしてはたいへんな光栄である。雑誌に自分の投稿が掲載されるだけでも稀有なことなのに、取材に同行できるのである。責任重大だが、それ以上に自分がそういう場に出ていけることがうれしくてならなかった。
取材は、おおまかに分けて薩摩半島側と大隅半島側にふた手に分かれて行われた。薩摩半島側が和田氏の受け持ちで、私はこちらに同行した。
取材にあたって感心したことは、とにかく下調べがしっかりしていたこと。事業者への連絡が行き届いており、責任者が気持ち良く応対してくれた。まずは電話で日時を連絡、現地に入ってまずは本社へ。本社の紹介で出先の営業所へ…。私も社会人であるとはいえ、「営業」の経験はなく、改めてビジネスの基本を勉強させられる思いだった。
鹿児島交通の鹿児島支社、西営業所では、責任者とのお話に私も混ぜていただき、貴重なお話をうかがうこともできた。
和田氏は、どんな車両がどこに配置されており、それが何台いるかということを、きちんと把握したいとのことだったが、自分としても完全には把握しておらず、なかなか的確な回答ができなくてもどかしい思いがしたが、必要な情報はあらかた事業者側から引き出していたらしく、その情報についての理解が正しいかどうかについてあらためて確認された。
結局、私が主に行ったのは道案内ぐらいのもので、各営業所、撮影場所への運転が主だった。写真の撮り方、現場への声の掛け方などは、横にいて実習している気分だった。
和田氏が東京に帰ってから数日、校正原稿がメールで送られてきた。地名など、一部修正があったものの、とても数日間の取材だけで得られたとは思えないほど、情報がきちんと整理されており、さすがはプロと再認識した。
記事の仕上がりについては、実際の本を見ていただくとして、届いた本を見て驚いたのは、私の名前とホームページについてきちんと触れられていたことだった。これまで、バスラマ誌上で個人のホームページが紹介されたことはなかったのではないだろうか。その扱いにさらに感激した。
バスラマ誌に紹介されたことで、ホームページの閲覧者が一気に増加し、カウンターはそれまでの2倍以上、1日に300ぐらい進むようになった。メールも、全国から来るようになり、写真を提供してくださる方も増えた。
いろいろ学ぶことが多かった上に、和田氏からは、鹿児島のバスの写真の提供も受け、ホームページの知名度もあがった。
人と人とのつながりの大切さを、再認識した。ホームページ開設からわずか1年ちょっとでこのような機会に恵まれたのは、ひとえに「えのやん」あってのことだ。ホームページそのものに固執することなく、人対人の付き合いを大切にしてこそ、このような出会いもかなったのだろう。
つい先日、プライベートで鹿児島を訪れた和田氏と再会し、バスについて話す機会に恵まれた。4時間ほどを共に過ごしたが、趣味者から一歩踏み出した視点、問題提起など、雑誌の編集者としても、趣味の先輩としても、そして人生の先輩としても尊敬できる方だと思う。
そして、そんな方との出会いに恵まれたのは、ホームページの存在があってこそ。日々更新の情熱は、そんな経験からも生まれてきているのかもしれない。

バスラマインターナショナル No.65は鹿児島の事業者がとりあげられた。 |
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※部数も大事
当時、私の周りで注目していたのは、日野のRCやブルドッグ。いずれも林田バスだった。ぜひ「林田バス」も取り上げて・・・とお願いしたら、「部数」が見込めることも必要な条件とのこと。編集者の視点は、一歩先を行っていた。全国の読者に、ひろく支持される内容にすることも重要。
それでも、きちんと誌上で林田バスについて触れていただいたのは、こちらの意見が反映された結果?
※雑誌への投稿
以前、鉄道系の雑誌には積極的に投稿をしていた時期があったが、採用されたのはほんのわずか。わざわざ投稿のために撮影して、写真を送っても、「空振り」ばかりだった。
その経験から、投稿は一切しなくなった。投稿を断わる立場になって、空振りの理由もわかってきたが、今は、自分のホームーページで精一杯。
※責任者との話
鹿児島交通では、このとき既にICカード化の話題が出ていた。方向幕のLED化については、きっぱり否定された。他社との住み分けはできており、競合はしていないとか、低床車両導入の取り組みとか、興味深い内容だった。
※撮影実習
和田氏の写真の撮り方はかなり積極的だった。移動中にすれ違うバスにも、車内からどんどんカメラを向けた。
バスの型式写真は、運転席にドライバーに座ってもらい、ドアを全て閉めてもらう。方向幕は「回送」以外のものにする。
バスの左前方に座って、見上げるような角度で撮る。その際、側面の窓への写り込みまで気をつける。
実際に真似をしてみて、そうするとバスの見え方が「かっこよく」なることに気づいた。2001年3月以降撮影の私の写真は、構図が大きく変わった。
※和田氏との再会
2004年12月末、鹿児島市内で再会し、えのやんのバスに乗り、喫茶店で話した。
ホームページについて評価していただき、いっそう意を強くした。ちょっとした話の中に、問題提起あり、楽しい話しありと、時間を忘れたひとときだった。
次は長崎のバスもとり上げたいとのこと。次に鹿児島に来る時は、南国交通を考えているそうだ。 |