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■バス趣味師匠の高校生

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 パソコン通信の延長線でインターネット接続できることが分かり、我が家のPCがインターネット環境になったのは1998年のこと。ダイヤルアップ接続で、従量制料金の制約からネットサーフィンというわけにもいかなかったあの頃、毎日必ずチェックしていたサイトがあった。

「鹿児島のバスのページ」

 そのものずばり、バスファンのホームページだった。私は、その中身のあまりの詳しさに、まったく感じ入ってしまっていた。
 それまで、バスの趣味など、まったく社会的に受け入れられるものではなかった。個人か、あるいは閉じられた友人間でひそかに楽しむことしか知らなかった。

 ところがそこでは、同じ鹿児島に住む人間が、自分と同じようにバスを「趣味」として楽しんでいるのだ。しかも、その情報量は自分の持てる比ではなく、おそらく現場の人間でも知らないであろう内容が、ずばぬけた観察力と分析で、形になっていた。
 そしてなにより驚かされたのは、そのサイトをつくっていたのが、私より10歳も年下の、当時高校生だったことだった。

 掲示板に、私は「林田熊一朗」の名で、次から次に投稿した。なにより、仲間がいたことがうれしかった。職場がインターネット環境になったことも手伝って、1日に2度も3度もチェックするようになった。掲示板にレスがつくとうれしくて、プリントアウトして何度も読み返した。
 時には、掲示板があたかも自分のものであるかのようなわがままな発言をしたこともあった。しかし、そこには暴走気味の自分を優しく受け止めてくれる趣味の仲間がいた。掲示板の常連は、誰もが私より年下だったが、趣味に年齢はまったく関係なかった。学ぶことの方が多かった。

 オフ会にも積極的に出席した。バスを趣味とする人間と情報を交換し、知識を共有するのは喜び以外の何物でもなかった。私は、手持ちの資料を、何かの役にたてればと、管理人氏にプレゼントした。
 思えば、幸運なネットデビューだったと思う。あの頃の仲間は、今も仲良くわきあいあいとやっている。そして、その出会いこそ、バスフォーラム鹿児島の原動力となったのだ。

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これが、2004年12月、我が家のPC環境。ibookが現在の主力機。画像確認用にブラウン管モニターを併用している。右の赤い箱は「腕置き」。
※当時のPC環境
 Macintosh LC630がメインで、28.8kbpsのモデムによりダイヤルアップ接続していた。
 23時以降の通信が定額料金になる「テレホーダイ」が、パソコン通信には一般的だったが、うちでは特定の相手先だけ割引になる「タイムプラス」を利用、通信時間は制約が大きかった。















※林田熊一朗
 林田産業交通初代社長「林田熊一」翁を意識して使ったハンドル。この頃からの友人は、私のことを今でも林田さんと呼ぶ。

皆様のご意見、ご感想をお待ちいたしております。mail.gif

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